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ワクチンの接種を開始しました ~東海道をゆく⑱~

[2026.10.01]

早くもインフルエンザが各地で猛威を振るっていますが皆様おかわりありませんでしょうか。地元の小学校でも学級閉鎖が相次いでいるそうです。

当院でもインフルエンザワクチン、新型コロナウイルスワクチンの予防接種の受付を開始しております。水、木、金の3日間で予約を受け付けております。

ご希望の方はお電話もしくは受付にてお声がけください。接種券のない方もインフルエンザワクチン3500円、新型コロナウイルスワクチン15000円で承っております。

 

 

 

お時間のある方はいつもの東海道日記、お付き合いください。

前日の続き、豊明駅からのスタートです。

 


8時50分 スタート

 

10分ほど歩くと国指定史跡の阿部の一里塚。両塚残っているそうですが片方見落としました。

 

 

20分ほどで中京競馬場前へ到着。この日はレースがなかったのか閑散としていました。

 

 


9時30分 中京競馬場前 馬がリアル

 

競馬場のすぐ先で街道から少し外れると桶狭間古戦場跡があります。今川義元の墓や戦死位置を示す一号碑などがありました。

 

 

 

この先にある有松は東海道沿いの町。旅人の土産として求められた有松絞りは、江戸初期に竹田庄九郎が考案し広まりました。手仕事のやわらかな風合いは今も受け継がれ、町並みとともに静かな趣を残していました。

 

 

 

 

有松鳴海絞会館ではアンケートにこたえて絞模様のボールペンを頂きました。

当時の街並みが残り、とても雰囲気の良い街でした。

 

ここから小一時間歩を進めれば40番目の宿場町、鳴海宿です。

復元された高札場がありました。

 

 

左下には各高札の説明書きも。

 

 

鉾の木貝塚は縄文時代早期から前期にかけての貝塚で、ハイガイを主としているそうです。

 


11時 鉾の木貝塚

 

ここから30分ほどで笠覆寺(りゅうふくじ)。天文18年(1549)に織田家に囚われていた竹千代(家康)と今川家に囚われていた織田信広(信長の兄)の人質交換が行われた場所です。

 


11時30分 笠覆寺

 

少し歩くと東海道と鎌倉街道が交差します。


11時50分 鎌倉街道の碑

 

ここから30分ほど進んで熱田橋を渡ると裁断橋跡。小田原攻めで病死した息子への思いが断ち難く、弔うために母親が架橋した橋と言われています。姥堂には都都逸発祥の地碑があります。

 


12時20分 裁断橋跡と都都逸発祥の地碑

ここで都都逸を一曲

七里の渡し
もうすぐつくぞ
鰻のご褒美
待っていろ

 

 

 


12時30分 熱田の追分道標

 

ゴールはもうすぐそこです。鰻が香ってくる気がしてきます。

有名店でひつまぶしを食べるぞ、と思って頑張っていましたが、店の前に4時間待ちの札があり断念。それでも並んでいる人が大勢いました。

 


煙だけいただきました

 

空腹を堪えながら本日のゴール、40番目の宿場町、宮宿にある七里の渡しに到着。

 


12時40分 七里の渡し跡

 

本日はここで終了。3時間50分、約14㎞、26000歩の旅でした。

この後熱田神宮に足を延ばしましたが、参拝客が大勢いたため境内への参拝は諦めて名古屋へ向かい、空いているお店をみつけてひつまぶしを頂きました。

 


いくつもある鳥居は大きく、荘厳でした

都都逸はAIとの共作です石坂公介

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