6月はカレンダー通りの診療となります ~東海道をゆく⑮~
6月だけどもう夏なの?と思うくらい暑い日が続いていますが皆様おかわりありませんでしょうか。
気象庁の長期予報では今年も暑い夏が予想されています。気象庁が決定した「酷暑日」を使わないで済むことを祈る毎日ですね。
しっかり食べて水分も摂る、睡眠時間を確保して疲れを残さない、エアコンや扇風機なども適切に使いながら今年の夏も乗り切りましょう。
2月某日。比較的過ごしやすい天気の中、2026年初の東海道を歩きました。前回の続き、新居町駅スタートです。
9時 新居町駅
少し歩くと新居関所跡。幕府は江戸防衛のため全国53か所に関所を設けています。建物は安政2年(1855)のもので、日本で唯一現存する関所建造物で国特別史跡だそうです。
時間が惜しくて外から撮影
関所前にて名物である「あと引きせんべい」を購入。素朴な味ですがそれぞれ味が異なり、個人的なおすすめは海苔味。
関所を西に進むと31番目の宿場町、新居宿。20分ほど歩くと新居宿の西の端の棒鼻跡。棒鼻とは宿場町のはずれのことだそうです。
この先にはきれいにそろった松並木。松並木を歩くと東海道を歩いている気になりますね。ちなみにこの先、次の次の宿場町付近までおよそ13km公共交通機関のない区間。気を引き締めて進みました。
しばらく歩くと潮見坂へ到着。だらだら上っているのがお分かりいただけるでしょうか。写真で見るより地味にきついです。
でも登っていると途中で素敵な景色が。
海を見下ろす10時10分
この先には「おんやど白須賀」という歴史資料館かつ休憩場所。この先公共交通機関がないだけでなくコンビニもすくないためトイレをお借りし、資料館を見学しながら小休止。このあたりから32番目の宿場町、白須賀宿です。
白須賀宿の入り口
宿場町の中には曲尺手(かねんて)という曲がり角。「見通しや防御に配慮し、大名同士がすれ違わないようにした、直線を避けて意図的に曲げた道」のことです。
かなりのクランク
この先にあった本陣跡と脇本陣跡は立札と石だけなので画像は割愛。
伊能忠敬の測量点も東海道から外れていたので寄らずに先を急ぎます。
この先には火防樹のマキの木。マキの木は葉が厚く水分を多く含み燃えにくいため、密生して炎症を防ぐために東海道のあちこちに植えられていたそうです。
10時40分 火防樹
そして
そしてついに
長かった静岡県が終了し、愛知県に突入です。静岡県は53の宿場町のじつに22もの宿場町があり、東西に長い県だということを身をもって体感しました。
10時50分 恋焦がれた愛知県攻め
11時。自宅で朝食を摂ってから6時間。小腹が空きますがピットインできる店はなく、コンビニによって腹ごなし。
我慢できず撮る前に一口
ここからは特に見どころもなく1時間ほど歩きます。そして33番目の宿場町、二川宿の入り口へ到着。
72番目の一里塚
この先には商家「駒屋」。主屋・土蔵など8棟の建物からなり、二川宿で商家を営むかたわら問屋役や名主などを勤めた田村家の遺構だそうです。スルーしてしまいましたが、奥に長く、見学しがいのある施設だったことに帰宅後に気づきました。残念。
12時 駒屋
ちなみに手筒花火をご存じですか?「1メートルほどの竹筒に火薬を詰め、それを人が抱えながら行う花火」だそうです(Wikipediaより)。この辺りの地域発祥とされ、マンホールのふたも手筒花火がモチーフになっていました。
そして3時間ぶりの公共交通機関、二川駅に到着です。
12時15分 二川駅
このあと駅近くの有名カレーうどんチェーン店で豊橋カレーうどん(うどんの下にとろろご飯を入れた豊橋名物)を食そうと思っていたのですが、店の前には地元民の行列が。泣く泣く諦め他の店を探します。そしてついに
12時45分 念願の豊橋カレーうどん
お座敷で靴を脱いで、足の疲れをいやしながら胃袋を満たします。
ここでハプニング。お店を出てすぐ曲がるはずがカレーうどんに満足して地図の確認を怠り、来た道を戻るというトラブルに。
遅れた分を取り返そうと写真も撮らずに早歩き。
実は豊橋駅の北にある吉田城の100名城スタンプを押すことも今回の目的にしていたのですが、開城時間が15時まで。グーグルマップで調べると到着予定時間が14時56分。諦めていたのですが、妻の励ましもあり、疲れた体に鞭打って早歩きで進みます。最後は妻を置いて走りました。
14時50分 間に合いました
ここをゴールにすることも考えたのですが、一駅でも先に進もうと先を急ぎます。ちなみにここから先はJR東海道本線から離れ、名鉄名古屋本線とつかず離れず進む形になります。
15時10分 吉田宿石碑
15時20分 西惣門跡
少し歩くと豊川。ここにかかる吉田大橋は、岡崎の矢作橋、瀬田の唐橋と並んで東海道三大大橋の一つであったと言われているそうです。
遠くに見える吉田城
しばらくあるくと再び大きな川。これは豊川放水路。昭和40年に豊川の水害対策として開削された人工河川です。
16時 豊川放水路
この日のゴールである小坂井駅に近付くと踏切の音がしており、走って電車に乗車したため駅舎の撮影をできませんでした。16時過ぎまで休憩を入れて約7時間のウォーキング、約41000歩、約25㎞の道のりでした。その後豊橋駅に戻り、地元の某ちくわ店にて練り物とビールを頂きました。炭火の上で自分で焦げ目をつけて食べるスタイルで、余計においしく感じました。
石坂公介
