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9月26日(土)は臨時休診となります   ~東海道をゆく⑰~

[2026.09.01]

多少暑さが和らいできましたが皆様おかわりありませんでしょうか。

表題の通り、9月26日(土)は臨時休診となります。ご迷惑をお掛けいたしますが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

休みの前後は混みあうことが予想されます。残薬に余裕のある方などは避けての受診にご協力をお願いいたします。

 

 

5月の連休。3か月ぶりの東海道の記録です。

豊橋駅での乗り換えに35分の余裕があったためモーニングを食し美合駅へ。


8時50分 美合駅前をスタート

 

自宅を出る際には小雨が降り東海地方も朝までは雨マークがついていたのですが、予報を信じて到着すると雨は上がり気温も高くなく、雲も多くて日差しも強くなく、東海道日和の天候でした。

 

少し歩くと道のわきには田んぼが並び、蛙の合唱も聞こえます。

 

 

30分ほど歩くと西大平藩陣屋敷。時代劇や大岡裁きでも有名な大岡越前守忠相の屋敷跡です。町奉行から大名になったのはただ一人だそう。

 


9時20分 屋敷前

 

そのすぐ先には江戸日本橋から80里目の大平の一里塚。

 

 

さらに20分ほど歩けば岡崎城下の江戸口、冠木門に到着です。

 

 

そして10時過ぎ、38番目の宿場町、岡崎宿の本陣、脇本陣跡に到着です。手前にあった創業が天明2年(1782)の備前屋で購入した八丁すいーとぽてとと一緒に撮影。直後おいしくいただきました。

 


味噌の入ったしょっぱい餡に脳が一瞬バグりました

 

岡崎で有名なものとして二十七曲りというものがあります。その名の通りくねくねと曲がる道で敵の進軍をゆるやかにし、城下町を守る工夫がされた道です。その一方で、人や物の流れをうまくコントロールし、宿場町のにぎわいや商いを支える役割もあり、防衛と経済の両面に配慮された仕組みでした。

地図を見ながらでも迷いますが、道のあちこちに標識があるため、あまり迷わずに進むことが出来ました。


それでも迷いました

 

岡崎と言えば八丁味噌。八丁味噌は、岡崎城から西へ八丁(約870m)の場所で造られたことが名の由来です。濃厚なコクと深い旨みが特徴で、長い年月をかけて地域の食文化を支えてきました。通りを挟んで立派な工場が並んでいました。

 


11時 大手味噌会社2店舗

 

矢作橋を渡り旧道に戻って先をすすみます。30分ほど進むと大友皇子御陵遺跡。壬申の乱で大海人皇子と戦い、敗れた大友皇子は近江で自害したと見せかけてこの地の逃れたとか。

 


10時20分 大友皇子御陵遺跡

 

そこから15分で薬王寺。宇頭大塚古墳の後円上に上に建立されているそうですが、見ただけではわかりませんでした。

 


11時35分 薬王寺

 

ここから30分ほど先にある永安寺の境内を覆いつくす雲竜松は圧巻でした。樹齢300年を超える松の迫力は私の撮影能力と古いスマホ写真ではうまく伝わらないですね。残念。

 

敷地内一杯に枝を広げていました

 

お寺のすぐそばには明治用水碑があります。明治用水、社会の授業でやりましたよね?明治期に整備された用水の功績を伝える碑です。矢作川の水を引き、台地を潤して農業を発展させた歴史を今に伝え、地域の発展を支えた先人の努力をしのばせます。

 


12時10分 明治用水碑

 

歩き始めて3時間半。空腹を意識してきますがこのあたりは住宅街。飲食店どころかコンビニもありません。その時です。パンで有名な某コンビニを発見しました。吟味したうえでサンドイッチをチョイス。抜群にうまかったです。

 


12時30分 復活

 

ちなみにカキツバタは、岡崎周辺の三河に初夏を知らせる花だそうです。『伊勢物語』で在原業平が詠んだこともあり、そんな親しみからか街のあちこちにもさりげなく描かれていました。

 

 

そして松並木を抜ければ

 

39番目の宿場町、池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく)です。

 

 


13時40分 池鯉鮒宿問屋場跡

 

 

知立駅(ちりゅうえき)の周辺で食事ができるところを探したのですが、なかなか見つからず。地元の若い人たちが集う洒落たお店にピットイン。疲れで脳が糖分を欲していたのか、周りの雰囲気に影響されたのか、40数年の人生で初めてパンケーキを注文しました。

 


14時20分 人生初パンケーキ

 

この先は名鉄名古屋線の線路としばらく離れて歩くため、もう二駅先をゴールとしていました。しっかり休んで先を急ぎます。

15時15分、芋川うどん発祥の地。尾張のきしめん、東のひもかわうどんの起源とされ、今川村の立場名物で街道一と言われていたそうです。

 

 

そして三河国と尾張国の間にある境橋を渡ればゴールはすぐそこ。

 

「うち渡す尾張の国の境橋 これやにかわの継目なるらん」

 

この歌は接着剤の膠(にかわ)と三河をかけているそう。

東側は土橋、西側は板橋という継ぎ橋であり、三河の質素、尾張の派手好みという気風も表していたそうです。

 

15時40分 境橋

 

そして15時45分、本日のゴール豊明駅へ到着。約24㎞、約7時間、38000歩の旅でした。天候も良く、食事のタイミングを除けば順調な旅路でした。

その後電車で名古屋駅へ移動し、手羽先やどて煮と少々のアルコールを摂取し、翌日への英気を養いました。

 

赤味噌大好き石坂公介

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