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4月はカレンダー通りの診療となります  ~東海道をゆく⑭~

[2026.04.01]

中野通りの桜も見事に咲いていますが皆様おかわりありませんでしょうか。

4月はカレンダー通りの診療となります。

花粉や花冷えにも気を付けながらお越しください。

 

少し暗いですが区内某所の夜桜です

 

 

少し前のことになりますが、11月某日。2日連続の東海道についてです。

前回はへとへとで駅の写真を撮り忘れたのでしっかり撮影してからスタートです。

 


8時45分 高塚駅

 

前回の行程もそうでしたが、跡地に看板のみ立っている史跡が多く、後で地図を見返してみるとうっかり見落としてしまうものも多々ありました。

 


9時8分 立場本陣跡

 

少し歩くと引佐山大悲院の本尊・観世音菩薩跡。引佐山大悲院の観世音菩薩は、夜に光を放ち旅人を導いたと伝わる霊像で、病に倒れた佐野の女性が祈願して平癒した逸話も残り、以来、人々の信仰を集め続けた聖なる観音だったそうです。

 


9時37分 引佐山大悲院本尊観世音菩薩聖跡

 

しばらく歩くと素晴らしい松並木。700メートルも続いています。木々の間には各宿場町の絵が順々に描かれている石が並び、通り過ぎた宿場町を思い出しながら歩きました。

 

地元舞坂宿は立派な石に描かれていました。

 

実は出発前にコーヒーを2杯も飲んでしまい、序盤から尿意をこらえていました。しかししばらくコンビニがなく、10時過ぎ、公衆便所を発見し駆け込みました。

 

10時 トイレ前の浪小僧

 

舞坂宿の「浪小僧」は、波間から現れる小さな妖怪で、桶を叩いて波を立て旅人を驚かす存在でした。ある嵐の夜、命拾いした浪小僧は、その“恩返し”として海の変化をいち早く知らせ、人を災いから守るようになった──そんな温かい伝承が語られているそうです。

 

 

しばらく歩くと見付石垣に到着。30番目の宿場町、舞坂宿の入り口です。

 


10時10分 舞坂一里塚跡

 

ここから少し歩くと舞坂宿脇本陣跡。老朽化で取り壊された後は地域の集会所や倉庫として使われていたが、歴史的価値から復元が進められ、一部には当時の部屋の構造や部材をそのまま残した箇所も保存されています。現在は復元部分と旧来部分が双方見られる、舞阪宿の歴史を語る貴重な史跡となっているそうです。

 

 

時間に余裕があるので見学しました。スタッフの方に日本橋から歩き進めてきたことを伝えると、「以前3泊4日で日本橋からここまで来たという人がいましたよ」と。さすがに自転車だと思いたいです。

 

 

見学を終えて外に出るとそこはもう浜名湖。少し歩くと雁木がありました。このあたりでは「がんぎ」ではなく「がんげ」と言ったそうです。荷物の積み下ろしに使われていました。


10時30分 北雁木

 


弁天島の赤鳥居

 

11時。脇本陣のスタッフからは「橋を3つ渡れば新居の関所よ」と聞いていましたが、橋が長くて歩けど歩けどゴールにつきません。貨物列車が通ったので撮った写真の奥にかすかに映っているのが富士山でしょうか。

さらに歩くこと20分。11時24分。新居町駅へ到着。新居の関所まで行こうか悩みましたが、駅まで戻るのも悔しいのでここで終了。

 

 

約17000歩、3時間弱の行程でした。まだまだ余力はあるのですが、この先13㎞ほど公共交通機関がなく、かつコンビニや飲食店がほぼない区間になるため、次回万全の体勢でスタートします。

 

浜松駅に戻って食べた鰻がうますぎて気絶しました石坂公介

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